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東京地方裁判所 昭和52年(特わ)776号 判決

被告人

(一)主たる事務所の所在地

東京都千代田区有楽町一丁目一〇番一号

有楽町ビル四階

医療法人社団仁慈会

(右理事伊藤啓治)

(二)本籍

東京都渋谷区宇田川町五〇番地

住居

東京都渋谷区宇田川町一九番五-七〇四号

職業

医療法人理事

伊藤啓治

大正一一年一一月二〇日生

右の者に対する法人税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官河内悠紀出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人医療法人社団仁慈会を罰金七〇〇万円に、被告人伊藤啓治を懲役六月にそれぞれ処する。

ただし、被告人伊藤啓治に対し、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告法人は、東京都千代田区有楽町一丁目一〇番一号有楽町ビル四階に主たる事務所を置き、歯科診療を目的とする基金一〇六、二一四、〇七〇円(昭和五一年三月三〇日以前は六五、〇五二、二二〇円、同五〇年三月三〇日以前は五五、〇六五、〇七五円、同四九年三月三〇日以前は五二、三〇六、九一七円)の医療法人であり、被告人伊藤啓治は、被告法人の理事として同法人の業務全般を統括していたものであるが、被告人伊藤は、被告法人の業務に関し、法人税を免れようと企て、診療収入の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿したうえ

第一  昭和四八年四月一日から同四九年三月三一日までの事業年度における被告法人の実際所得金額が四七、九四四、二九三円(別紙(一)の修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同四九年五月二九日、同都同区神田錦町三丁目三番地所在の所轄麹町税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が四、六七〇、一八八円でこれに対する法人税額が一、三七六、九〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同法人の右事業年度における正規の法人税額一七、二八〇、一〇〇円と右申告税額との差額一五、九〇三、二〇〇円を免れ(税額の算定は別紙(三)の一計算書参照)

第二  昭和四九年四月一日から同五〇年三月三一日までの事業年度における被告法人の実際所得金額が五三、八九一、二七〇円(別紙(二)の修正損益計算書参照)あつたのにかかわらず、同五〇年五月二七日、前記麹町税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一七、五九三、一六〇円でこれに対する法人税額が六、二一三、六〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させもって不正の行為により同法人の右事業年度における正規の法人税額二〇、七三二、八〇〇円と右申告税額との差額一四、五一九、二〇〇円を免れ(税額の算定は別紙(三)の二計算書参照)たものである。

たものである。

(証拠の標目)

判示冒頭の事実および全般にわたり

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の収税官吏に対する質問てん末書(四通)

一、被告人の検察官に対する供述調書(一通)

一、近藤博昭の検察官に対する昭和五二年三月二四日付供述調書

一、証人近藤博昭の当公判廷における供述

一、東京法務局登記官作成の登記簿謄本

判示第一、第二の各事実添付の別紙(一)、(二)修正損益計算書に掲げる各科目別当期増減金額欄記載の数額について

〈収入金、診療収入につき〉

一、近藤博昭作成の昭和五一年九月一七日付上申書(収入除外金額について)

〈譲渡収入につき〉

一、近藤博昭作成の昭和五一年九月一七日付上申書(譲渡収入について)

一、奥野邦彦の収税官吏に対する昭和五一年七月三一日付質問てん末書

一、近藤博昭の検察官に対する昭和五二年三月二四日付供述調書

〈公租公課につき〉

昭和四九年三月期につき

一、被告人作成の昭和五一年一一月一一日付上申書添付の昭和四九年三月期修正確定申告書

昭和五〇年三月期につき

一、被告人作成の昭和五一年一一月一一日付上申書添付の昭和四九年三月期修正確定申告書

一、近藤博昭作成の昭和五一年九月一七日付上申書(収入除外金額についてと題するもの)

一、近藤博昭作成の昭和五一年九月一七日付上申書(譲渡収入についてと題するもの)

一、押収してある被告法人の昭和四九年三月期及び昭和五〇年三月期各確定申告書(当庁昭和五二年押一四四五号符一、二号)

〈旅費交通費につき〉

一、近藤博昭作成の昭和五一年九月一六日付上申書

一、収税官吏福岡良平の昭和五一年一〇月二三日付調査書(タクシー代調と題するもの)

〈給料につき〉

一、収税官吏福岡良平作成の昭和五一年一〇月二三日付給与額調査書

一、近藤博昭作成の昭和五一年六月三〇日付上申書

一、近藤博昭の検察官に対する昭和五二年三月二四日付供述調書

〈雑収入につき〉

一、三山心栄作成の昭和五一年九月一〇日付証明書

別紙(一)、(二)修正損益計算書に掲げた公表金額及び過少申告の事実について

一、押収してある被告法人の昭和四九年三月期分、昭和五〇年三月期分各確定申告書各一袋(当庁昭和五二年押第一四四五号一、二号)

(いわゆる認定利息・認定報酬に対する当裁判所の判断)

検察官は、被告法人の収入除外等によって簿外で蓄積された資産が被告人により個人的に運用されているので、被告人に対する貸付金として認定できるとして、昭和四九年三月期につき、貸付金二一、八三六、五六一円に対する受取利息一〇パーセント分二、一八三、六五六円を、昭和五〇年三月期につき、貸付金六六、二九九、五一一円に対する受取利息一〇パーセント分六、六二九、九五一円を認定して被告法人が右金額をほ脱したものとし、他面、被告人に対する右貸付金にかかる利息額相当分は、被告人に対する同期中の同額の役員報酬と認定できるとして損金たる給料に算入する旨主張する。

しかしながら、被告人は当公判廷における被告人質問に際し「貸付金契約はありませんでした」と一貫して供述しており、一〇パーセントの利息についても最初からきまつていたわけではなく、事後処理としてそのようにしたものにすぎず、また、このことにつき別に他の理事と相談したわけでもなく、議事録に記載もしていない旨供述し、金銭消費貸借契約の存在を否定している(第二回公判における被告人の供述)。

更に、被告人は捜査段階においても収税官吏に対し「収入を落したりして私が手にした資金は私の個人資産から必らず返済いたしますので、そのようにとりはからいをお願いいたします。一〇パーセントの利息を認定されても結構です。」と供述しているところである(被告人の昭和五一年一〇月二二日付収税官吏に対する質問てん末書三問。同旨被告人の昭和五二年三月二三日付検察官に対する供述調書五項)。

次に、被告法人の経理事務長たる証人近藤博昭は「簿外収入分の金は理事長の個人名義で銀行預金をしていたので法人分と個人分との区別は不可能です。」「金は被告人からいわれたとおりに被告人に渡していました。」と証言しており、また、同証人は、被告法人の金を被告人に渡すときには法人からの貸付けということで渡していたのかとの問に対しても「処理の段階で、貸付金としたということです。国税局から、いわれたとおりに処理したわけです。」と証言して当初から消費貸借契約があつたわけではないと述べ、金利の点についても「事件発覚後に国税局の人から貸付金としたうえで利子もとるようにいわれましたので、税理士さんと相談して年一割の利息をのせました。」と証言している(証人近藤博昭の当公判廷における供述)。

更に、右税理士たる証人坂根正雄は、被告法人の帳簿上の処理については「国税局の指示に基いて処理しました。」と証言し、また、一般に法人が売上除外した金を理事等代表が使い込むとどのように処理するのかとの問に対しては「理事に対する貸付金か、または認定賞与として処理します」と証言しており、しかして、それはどの様に区別して定めるのかとの問に対して「法人の代表者の意見をきいてきめますが、認定賞与とすると個人負担が重くなるので、貸付金として処理することが多いです。」と証言している(証人坂根正雄の当公判廷における供述)。

右の各証拠を総合すれば、本件において利息付金銭消費貸借契約による被告法人の被告人に対する貸付金の存在は認められず、架空のものであつて、寧ろ、本件脱税発覚後の事後処理の便法として、国税局係官の指示に基づいて、帳簿上、単に右のような貸付金という記載をしたに過ぎないという事実を認めることができる。

そこで、金銭消費貸借契約が認定できなければ、法律上、貸付金は発生しないし、貸付利息もまた発生しないといわねばならない。

およそ、いわゆる認定の名のもとに、存在しない取引行為を在るものとして擬制することは、税法上は法人税法一三二条の同族会社の行為計算の否認規定によらざる限り許されないし、また、租税刑事犯においては、その本質上、法人税法一三二条の適用は許されないと解すべきである。

しかして、本件は何ら金銭の貸付けという取引行為が存在しないのであるから、貸付による受取利息の発生する余地はないし、勿論、それを前提とする同額の役員報酬たる給料の発生することもない。

なお、本件をみるに、被告人は、本来、被告法人に帰属すべき簿外資産を自己のために費消したというのであるから、そのことは、法人にとつてみれば、少なくとも臨時的な給与としての利益処分たる役員賞与の支給となるか、或いは、法人が右役員に対して損害賠償請求権を取得するにとどまり、しかして、役員が自己のために費消した行為につき、それが定期的な性質をもっものではなく、かつ、あらかじめ役員の業務執行の対価として定められていたものとは認められないから役員報酬とはならないといわねばならない。

以上のとおり、本件は、貸付金が存在しないので受取利息は発生せず、また、それを前提とする同額の被告人に対する役員報酬も認めることもできない。

従って、昭和四九年三月期につき、受取利息及び被告人報酬各二、一八三、六五六円と、昭和五〇年三月期につき、受取利息及び被告人報酬各六、六二九、九五一円については、いずれも認めないこととした。

(法令の適用)

被告法人につき

いずれも法人税法一五九条、一六四条一項。刑法四五条前段、四八条二項。

被告人につき

いずれも法人税法一五九条(いずれも懲役刑選択)。刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第一の罪の刑に加重)。同法二五条一項。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 松澤智)

別紙(一)

修正損益計算書

医療法人 社団仁慈会

自 昭和48年4月1日

至 昭和49年3月31日

別紙(二)

修正損益計算書

医療法人 社団仁慈会

自 昭和49年4月1日

至 昭和50年3月31日

別紙(三)ノ一

ほ脱税額計算書

医療法人社団 仁慈会

自昭和48年4月1日

至昭和49年3月31日事業年度分

別紙(三)ノ二

自昭和49年4月1日

至昭和50年3月31日事業年度分

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